Palma Catulus 仔犬の手サロン |
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「では、失礼します」 はあなたに施術台にうつぶせになるように言った。 台は顔の部分が丸く開いており、鼻がつぶれる心配がない。 「眠ってもかまいませんよ。よだれが落ちてもいいように穴が空いてるでしょ」 はクスリと笑って、あなたの傍らに立った。 「首が泣いてますよ。頭が重かったって。肩も――つらかったでしょう」 の指が首の骨の脇をそっと撫でる。まるで光線がすっと入るように、首のなかにざわめくものがある。その感覚は背骨を通して、腰にまで響く。 それだけで、ゆがんでいた首の骨が整列しはじめたようだ。 は両の手のひらを、背中の肩甲骨のすぐ下に沿わせるように置いた。 あたたかい手だった。そして、肋骨を包むほど大きい。 「少し、痛いですよ」 大きなふたつの手があなたの肩甲骨の下をえぐるように押しあげる。 凝り固まった肉の間に指がもぐりこむ。 痛い。 強い指の刺さる痛みと心地よさに、あなたの咽喉から呻きに似た吐息がもれた。 まるで凍った筋肉に熱い湯を注がれたような、強い快楽が背にひろがる。 指はゆっくり力強く、もみほぐす。 背にびっしり貼りついたレンガが砕け、はがれていくようだ。重い筋肉と皮膚を動かされあたたかい血潮が通う。心地よさとともに、なぜか咽喉に吐き気のような圧力が高まる。 まるでその筋肉にしがみついていた疲労が体からせりあがって、出て行こうとしているかのように。 その感覚はふしぎと頭蓋骨にさえあった。頭のてっぺんがひらき、スースーと何かが出ていく感じがしている。 肋骨の脇が十分にほぐれると、の大きな手は、背骨の両脇に置かれた。 背骨をはさむ両側の筋肉を大きくひろげるように押していく。 胸のうしろ、心臓の裏、胃の裏の筋肉が、背骨からはずれていくようにひろがっていく。 あたたかい手にえぐりこまれ、押し上げられ、あなたの背筋は南洋の海のように温まっていく。 あなたは肺の底から呻きのような息を洩らした。 が背中の筋肉をほぐすたびに、灰色の疲れが蒸発していく。行き場をうしなったそれらものが、あなたの口から逃げていくように、あなたは呻いていた。 温まった筋肉にやさしいピンク色のものが満たされていく。細い血管のなかをよろこばしげに血が走り、花びらのように細胞に酸素と栄養を撒いていく。 筋肉をひろげつつ、の手は腰にまで下りていった。 腰は冷たい疲れがたまっていたところだ。 は力をこめて、筋肉を押しあげた。 手は力強いがやさしい。冷えた筋肉をあたため、いたわっている。 日ごろ、重い頭や上体を受け止めている部分だ。上体と下肢をつなぐ大事なジョイント部分を守るけなげな筋肉。彼はあなたに代わって礼を言うように、やさしく、強く、揉みあげる。 腰がじんわりと温まっていく。筋肉がどんどんほどけ、ひらいている。炭酸のように老廃物が浮き上がり、あなたの深いため息となって外に出ていく。 「仙骨もトリートメントしますね。ここをきれいにすると運がよくなるそうです」 の手が骨盤の両側に置かれた。脊髄の終りには台形をさかさまにしたような仙骨が浮いている。 は尾てい骨のまわりをトントンとはじいた。指の響きのせいか、尻尾の骨が伸びるような不思議な感覚がある。仙骨のつまりを洗い流し、解きほぐしているらしい。 そして、両の手が大きく尻の筋肉をもみしだく。ふだん、重いからだのクッションとなって、押し潰されている筋肉である。冷えてつめたい尻肉を、の大きな温かい手が深く揉み起こし、血を通わせていく。 いつしか、からだ全体がぽかぽかと温まっていた。新鮮なピンク色の光に満たされるようだ。目の裏さえ暖まり、眠気がきざしていた。 「ご主人様。つぎは頭です」 はあなたを座らせ、背後にまわった。 あなたの髪のなかにスッと指が入った。 強い指があなたの頭に穴をうがつように圧す。つかみ、吸い上げる。ふだん動かさない薄い皮膚が持ち上げられる。頭蓋骨からずらされ、ほぐされる。 ざっと血流が動き出すのがわかるようだ。顔にすら血が通うのがわかる。 皮膚が頭蓋骨から浮き上がるたびに、毛根から無数の快感がしみこんでくる。快楽が目に響く。 あなたはぼんやりと幻を見ていた。幻のなかで、かたく組み合った頭蓋骨がうっすら開いていた。灰色の煙がもくもくとそこから抜け出ていた。 目玉が熱く重かった。とじた瞼の間に、熱い涙がにじんでいる。 すっかり頭がもみほぐれると、は少し離れ、手を洗った。ふたたび、あなたの前にそっと近づき、冷たくなった指でトントンと額をはじいた。 眉の上を、目の回りを、頬骨から頬を。ふしぎなことにそれだけで、あたたかいエネルギーが通っていく。 ふだん外気に触れ、前線で戦っている部分である。 肌をやさしく触れられるのは、おそろしく心地よかった。 「さ、いいですよ」 あなたは目を開いた。 ふしぎとまぶたが大きく開く。顔が軽くなったような気がした。 も笑った。 「顔の色が明るくなりましたね」 たちあがると、違いは歴然だった。 からだが軽い。ここちよいだるさはあるものの、全身から澱が抜けて、透明になったようだ。 なにより気分が明るい。なぜだか、陽だまりにいるようなあたたかな気持ちになっていた。 は微笑んだ。 「こちらに来て。少しお茶を飲んでください。たくさん、水分を補給したほうがいいですよ」 ―― 了 ―― |
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